「頑張る」必要はない

「頑張る」

 

勉強を頑張ります。

仕事を頑張ります。

優勝できるように頑張ります。

 

ぼくは「頑張る」という言葉が嫌いなので使わないことにしています。なぜなら、「頑張る」には「辛いことや苦しいことでも耐えてやり通す」 みたいな意味があるからです。そもそも、あなたの今やっていることを「頑張ろう」と思っているようでは、どんなに続けたっていい結果は出ない。

 

例えばぼくが営業成績で県内トップをめざすとしたら、ものすごく頑張る必要があります。ぼくはそもそも営業職が嫌いで、営業活動を行う上で必要な「人と会う」ということにものすごく大きなエネルギーを消費してしまうからです。反対に、人と会うのが大好きで、営業職も好きだよっていう人がいたら、営業成績県内トップをとれる可能性が高いのは確実にその人でしょう。そしてもしその人が営業成績県内トップを達成し、達成理由を聞かれたときには、「営業を頑張ったからトップになれました」とは言わないでしょう。

 

「頑張る」は無責任

 

スポーツのヒーローインタビューで「勝てるように頑張りたいと思います」というコメントをよく耳にしますが、こんなことを言う選手は本当に勝てるのかと疑ってしまいます。「頑張る」という言葉には具体性がなく、その勝負に勝つために、具体的に何をどうするのかが伝わってこないから。

 

日常生活でも気軽に相手を励ますつもりで「頑張って」という風に言いますが、何をどうすればいいのかということではなく、ただ単に「苦しいことでも耐えてね」という「気持ち」を後押しするだけの無責任な発言に聞こえます。

 

極端に言えば、「頑張ってね」っていう言葉を連発することによって、相手のことを追い込んでしまうことにもなりかねません。まじめな人だったら、「頑張ってね」って言われることでとにかく自分を追い込んだり、無理をしてしまう可能性もあります。小さい子供だったら、目の前のことを言われるがままにとにかく頑張る。頑張り続けた結果行き詰っても、ただ頑張っただけの子供は頑張る以外の方法を知りません。

 

頑張り、頑張らせる人生はもう終わりにしよう。

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